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祖父が亡くなった  

 本日の14時少し前に父方の祖父が亡くなった。
元々、満92才で老人ホームに行き要介護だった。
あまり調子が良いとは言えない状態ではあったが
祖父が住んでた家に生きて帰ることはなかった。


●体調不良に
 そもそも2月の中頃に辛いのを我慢していたのが
限界に達して総合医療病院に入院したのが始まり
老衰もあるが、生前にタバコを吸っていたので
痰がどうとか言ってたので恐らく呼吸器官の関係だ。

 限界まで病院や医者に行きたがらなかったのは
恐らく自分の寿命を察してたからかもしれない。


●元気だった一週間前
 先週の日曜日に親と一緒に見舞いに行ってきたが
鼻に酸素吸入器は付けてはいたが元気そのものだった。
ボケもせず孫である俺の名を第一声で喋ったぐらい。
調子も良く、よく喋って歌を歌ってたぐらいである。

 しかし、その後1日経過後に容態が悪化して
腕を縛った状態で酸素吸入マスクを付けられる。
勿論、意識はない危険な状態になった。


●非常な一文
 朝一番で遠い病院へ父が車を使い先発で出た。
後発で残った母と俺、妹が電車で向かう事になった。

 病院に向かってる電車の中でメールを打ちなれない
父から一言だけでメールが届く


呼吸止まった。


 本当にこの一文だけが母の携帯に飛んできた。
母は無言のまま電車の中でこれを妹と俺に見せた。

 俺は信じられなかった、進歩した現代医学がある中
心配停止の1回や2回はかならず蘇生出来ると思った。
きっとまだ酸素吸入マスクなり付けて生きてるだろうと


●駆けつけた時の祖父
 病室に駆けつけた時には全ての機器が外されて
顔に布が被せられた祖父の姿が個室の病室にあった。
軽く拭かれて綺麗になってパジャマを着たままの姿

 親父の兄貴である伯父さんが親父ともに看取り、居た。
持ち込んだ荷物などを整理して片付けてる最中だった。
そして伯父さんは

「逝っちまった」「ようがんばった」
「触ったって、まだ温たい」
      と言った。

 従妹や妹、それに母は堪え切れるずに号泣した。
親父や伯父さんは涙は浮かべてるが泣いた後だったか
冷静に荷物の整理や死亡診断書の確認作業や
霊柩車の手配をしていた。


●まだ信じられない
 俺は爺ちゃんが死んだとは思えなかった。
おじさんに言われた通りに頭をさすったけど本当に
まだ体温は感じられたし血色はまだ良かった。

 漫画やドラマにある本当に死んでるの?て感じ
ボケで子供の様にダダっ子だった爺さんが良い子に
寝付いているとだけしか思えなかった。
ただこの後に痛いほどの現実を知った。


●霊柩車で自宅へ
 その後1時間半後ぐらいに霊柩車で爺さんは帰宅
プロの葬儀屋の人と親戚たちが手伝って家に入れる。
布団に寝かせて線香やら台を設置した後にひと段落

 体が悪く見舞いに行けなかった祖母の婆さんは
やっと爺さんと再会できたが、不憫で仕方なかった。

 葬儀の準備やらが順調に進んだのが救いである。
少子高齢化のせいか火葬場が3日にギリ滑り込み
亡くなってるのは他にも割と多い感じがした。


●突き付けられた現実
 葬儀屋と共に爺さんを家の布団に寝かせる際に
顔と手足が見えたのだが、明らかに生者とは違った。

 病院で見ていた頃とは違い、皮膚は青白くなって
血色も無くなり、更に指先や腕が腫れてきはじめた。
俗に死後硬直が丁度始まったあたりである。
予感はあったにしろ、祖父で見る事になるとは・・。

 その変化ぶりは素人目でも一目瞭然だった。
これだけ自然死に近い綺麗な状態でも理解できる。
ドラマでよく見る死体役とか子供騙しに思えた。


祖父が人から物に変わる瞬間を俺は見ていた。


 恐らく、泣いて悲しんでる親族が多い中で
そんな妙な目線で祖父を見ているのは俺だけだ。
他の親戚の死で仏と対面してる親戚は多かった。

 30にもなって初めて人の死を目の当りにした。
一応、直系の孫だから一番近しい間柄にもなる。


●生と死
 病院は生と死の交差する場所
そこから生きて帰れる人も居れば爺ちゃんの様に・・。

 数ヶ月前、年の離れた母方の叔母が不妊を乗り越え
高齢出産で待望の第一子を産んだ所でもあった。

 母方の婆さんと母は飛行機で叔母の元へ行って
ババ馬鹿炸裂ぶりを見せた。 写メ撮り過ぎだ。
そんなのを見た数ヵ月後にこの悲劇が起こった。


●最後の姿と出会う時
 妹以外はなまじ、元気だった祖父を病室で見たので
その反動が凄く辛いものになってしまった。

 最後には間に合わなかったが1週間前に気だるくも
お見舞いに行ったのが唯一の救いだと思えた。
その時に祖父はボケずに俺の名を呼んだ。 何故?

 ちなみにブラック企業の勤めてる妹はそれを見てない。
祖父に会う事自体が数ヶ月ぶりで更に仏姿となった。

 島田紳助が言ってたが、死後に久しく駆けつけるのは×
いつお別れが来ても心残りが無い様に日頃から
頻繁に顔を見せて出会っておくことが大切とあった。


●後悔
 後悔するなら朝一で親父に同行して行くべきだった。
それなら意識はないにしろ十分、最後に間に合った。
幸い、親父と伯父さんは間に合ってたらしいのが救いだ。

 容体悪化後は意識がほぼ無い状態だったらしいが
最後の方でも手を握ったら握り返しがあったと聞いた。


●知ってる人間は・・。
 親しい人間の死をここまで知らなかったのは幸か不幸か
思ったのが「これを経験しても」過剰に人を虐めたりする
人間は一体何なのかと思った。

 学校では気分で人をイジメ、企業ではいくら業績のためと
自殺するまでにも精神を追い込むブラック企業が多数ある。
道徳の命と人権とかの分野になるんだろうけど考えた。

 こういった事を知ってて、そう出来るのならば既に
その人は人間以前に人の皮を被った別物だと思える。


 命があるのが当たり前過ぎてそれに慣れきってる。
特に戦争やらが無い比較的に治安の良い日本だと躊躇だ。
しかし、今回ので更に無病息災のありがたさが身に染みた。
親孝行、する時には親はなしとあるのが様にそれだ。


明日が通夜、明後日が告別式だ・・。
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